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乳がんの症状・治療について|女性の部位別罹患率第1位のがん

2024.03.14
最新更新日 2024.04.18

乳がんは、乳腺の組織にできるがんです。まれに男性にも発症しますが(乳がん全体の約1%)、ほとんどは女性に発症します。
乳がんの発症は、遺伝的要因やライフスタイルの影響を受けることがありますが、その正確な原因はまだ完全に解明されていません。診断された人やその家族は、身体的な負担だけでなく、精神的なストレスや生活上の変化にも直面することになります。体表面の近くにできるがんであるため、美容面においても大きな影響を及ぼすのも特徴のひとつです。

この記事では、乳がんについての基本的な理解を深めることによって、患者とその家族が治療と向き合う際に役立つ情報を提供します。

乳がんの統計

乳がんの罹患数(2019年)

厚生労働省と国立がん研究センターにより2022年5月に公表された「2019年の全国がん登録」によると、新たにがんと診断された罹患数は、上皮内がんという、ごく早期ながんも含めると112万3,038人。男性62万3,955人、女性49万9,075人でした(性別不詳例を除く)。

このうち、女性で乳がんと診断された数は10万9,980人(22.0%)で、女性の部位別罹患数第一位でした。

30歳代で罹患率が上昇し始め、40歳代後半で最初のピークになります。60歳代~70歳代にかけて、もう一度ピークを迎えます。ほかのがんと比べて比較的若い世代にピークがあるのが特徴です。

乳がんの死亡数(2022年)

厚生労働省が2023年9月に公表した「2022年の人口動態統計(確定数)」によると、がんによる死亡は、38万5,797人(男性が22万3,291人、女性が16万2,506人)で、死亡数の24.6%を占めました。
部位別でみると、女性は大腸がん、肺がん、膵臓がん、乳がん、胃がんの順で、乳がんは15,912人、9.8%を占めました。

乳がんの生存率

国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」により公表された2015年の実測5年生存率(死因に関係なく、すべての死亡を計算に含めた生存率)は、女性乳がん全体で88.3%でした。
病期別には、Ⅰ期:95.2%、Ⅱ期:91.0%、Ⅲ期:77.7%、Ⅳ期:39.2%でした。

乳がんの病期分類(ステージ)

がんの治療について検討するときには、がんの広がりや進行の程度、症状など、病気の現状を踏まえた上で、最も治療効果が高く、体への負担の少ない治療を選択していきます。がんの状態を知るための指標が「病期」です。病期は、がんが体の一部分にとどまっているか、広い範囲に広がっているかなどによって各がん種ごとに決められています。

病期は、ローマ数字を使って表記することが一般的で、0期、Ⅰ期・Ⅱ期・Ⅲ期・Ⅳ期と進むにつれて、より進行したがんであることを示しています。

病期は、原発腫瘍の大きさや状態、リンパ節転移の有無、遠隔転移(骨や肺など別の臓器に転移すること)の有無などによって決まります。

乳がんの病期を以下の表に示します。

日本乳癌学会編.臨床・病理 乳癌取扱い規約 第18版(2018年)をもとに一部改変、簡略化しています。

リンパ節転移の特徴

一般に、リンパ節転移はもとの腫瘍に近いところにあるリンパ節からだんだん遠くのリンパ節へと順番に広がっていくことが多いです。
特に乳がんのリンパ節転移にはこの特徴が著明にみられ、まず腋窩(わきの下)のリンパ節に転移し、それから内胸リンパ節(胸骨の外側)や、鎖骨の上下のリンパ節へと広がっていきます。

乳がんにはセンチネルリンパ節と呼ばれるリンパ節が存在することが知られています。「センチネル」とは、英語で「見張り」や「番人」といった意味です。一番最初に転移するリンパ節と思われ、ここに転移がなければ腋窩リンパ節にも転移がない確率が高く、手術でリンパ節をとる必要がないと判断されます。

他臓器への転移の特徴

がん細胞は増殖すると血管の中に入り込み、血流を介して遠くにある臓器に転移します。遠隔転移といいます。
乳がんの遠隔転移しやすい臓器としては、骨、肺、局所の皮膚などで、脳転移もよく知られています。

乳がんの治療

乳がんの治療には、手術、放射線治療、薬物療法が用いられます。がんの病期や性質に合わせてこれらの治療法を組み合わせて行うことが多く、これを集学的治療といいます。

手術

手術は、がんとその周囲だけを取り除く乳房部分切除術(乳房温存術)と乳房をすべて切除する乳房全切除術とがあります。また、腋窩リンパ節に転移がある場合には腋窩リンパ節を切除する手術(腋窩郭清術)を同時に行います。

放射線治療

放射線治療は、乳房温存術後の残存乳房や全切除術後の胸壁、鎖骨上下のリンパ節領域をターゲットに照射します。

薬物療法

薬物療法は、ホルモン療法薬、分子標的薬、細胞障害性抗がん剤、免疫チェックポイント阻害薬など、多岐にわたります。

ホルモン療法薬
乳がんには女性ホルモンを利用して増殖するタイプのものがあり、このタイプのがん細胞はホルモン受容体を持ちます。ホルモン受容体陽性の乳がんにはホルモン療法が効果を発揮します。
分子標的薬
HER2(ハーツー)たんぱくはがんの増殖を促すたんぱく質です。HER2を過剰に作っているがん細胞の割合が多い場合にはHER2を標的とした分子標的薬が用いられます。
細胞障害性抗がん剤
がん細胞を直接攻撃する薬です。ホルモン療法や分子標的薬の効果が期待できない場合や状況から再発のリスクが高いタイプの乳がんに用いられます。正常細胞も攻撃してしまうデメリットがあります。
免疫チェックポイント阻害薬
がん細胞が免疫にブレーキをかけるのを防ぐ薬です。

乳がんの治療 0期

0期の非浸潤がんは腫瘍がリンパ管や血管の構造のない乳管や小葉にとどまっているがん(上皮内がん)なので、リンパ節転移や遠隔転移をきたすことはほとんどありません。したがって、乳房局所さえ治療すれば完治する可能性が高いです。

通常は乳房温存術を行い、残った乳房に放射線治療を行います。ホルモン療法が併用される場合があります。
放射線治療を施行することで、しないのと比較して術後の乳房に再発をきたす率を半減させることができることが知られています。

乳がんの治療  Ⅰ期、Ⅱ期、ⅢA期

腫瘍が小さい場合には乳房温存術を行い、残った乳房に放射線治療を行います(乳房温存療法)。腋窩リンパ節や内胸リンパ節に転移がある場合にはそのリンパ節も切除します。放射線治療は、残存乳房のみではなく、鎖骨上下のリンパ節領域にも照射することがあります。

腫瘍が大きい場合(ⅡB期)は乳房全切除術が行われる場合もあります。術前に抗がん剤治療を行い、腫瘍を小さくしておいてから乳房温存療法を行うこともあります。
がん細胞の状況(サブタイプ)に応じてホルモン療法や抗がん剤療法などの薬物療法を行うかどうかが決まります。

乳がんの治療 ⅢB期、ⅢC期

薬物療法が中心になります。がん細胞の状況に応じてどのタイプの薬物を使用するかやその組み合わせを決めます。
薬物療法によって腫瘍が縮小すれば、手術や放射線治療を考慮する場合もあります。
腫瘍が皮膚を破って腫大し、出血や分泌物が出る場合には症状を和らげる目的で放射線治療を行うことがあります。

乳がんの治療 Ⅳ期

遠隔転移がある場合、腫瘍は乳房と転移した臓器にのみ存在するのではなく、血流を介して全身に存在すると考え、いわゆる「全身病」としてとらえられます。したがって、局所療法である手術や放射線治療よりも薬物による治療が優先します。

薬物療法に加えて、転移した病巣になんらかの症状がある場合には、症状緩和を目的とした放射線治療や手術が行われることもあります。

  • 骨転移による疼痛、脊髄神経麻痺、骨折予防に対する放射線治療
  • 脳転移による麻痺や失語、頭痛などに対する放射線治療

乳房温存療法における放射線治療

接線照射

Ⅰ期、Ⅱ期乳がんで乳房温存術を行った場合、術後に残った乳房全体に対して放射線治療を行うのが標準治療です。放射線治療を行うことで、行わないのと比較して再発率をほぼ半減させ、乳がんによる死亡の率も減少させることがわかっています。

残存乳房への放射線治療は通常、X線という放射線を用い、接線照射と呼ばれる方法で行われます。からだを輪切りにしたときの形を円に見立てて、その接線方向から残った乳房に向けてビームを照射することでからだの奥にある肺や心臓といった内臓に放射線が当たることを極力避けるための工夫です。

副作用

乳房温存療法では、がん細胞のほとんどは手術で取り除かれていますので、放射線治療の標的はわずかに残ってしまっているかもしれないがん細胞です。したがって、照射されるほとんどの細胞は正常細胞になります。これらの正常細胞(正常組織)に放射線の影響が出た場合が放射線の副作用となります。

照射される正常組織は、乳房の皮膚、皮下脂肪や乳腺、肋骨、肺、心臓などです。肺や心臓は、前述の接線照射をすることで範囲を極力小さくして副作用が出にくくしています。

放射線の副作用には、照射期間中に起きる「急性期有害事象」と照射終了後数か月以降に起きる「晩期有害事象」とがあります。急性期有害事象は起こっても照射終了後しばらくで自然に治癒してしまいますが、晩期有害事象はもとにもどることが難しいものもあります。様々な工夫により、治療が必要となるような晩期有害事象が起きる確率は非常に低く計画されます。

乳房温存療法の放射線治療による副作用

急性期有害事象(照射終了後自然に治癒) 晩期有害事象(頻度は低い)
皮膚 皮膚炎:「日焼け」と似ていて、赤くなってヒリヒリしたりかゆくなったりする 汗をかきにくくなり乾燥する、色素沈着、硬くなるなど
皮下脂肪 炎症で痛みが出ることがある 鈍痛、乳房の変形など
肋骨 なし 肋骨骨折
肺炎:一般的には晩期の副作用だがまれに早い時期に起こることもある 肺炎:咳や熱、息苦しさなど
心臓 なし 心筋虚血、心膜炎、心筋炎など

副作用のリスクを低減するために、分割照射法が用いられるのが一般的です。必要な放射線量を複数回に分割して照射することで、腫瘍への効果を低下させずに正常組織への影響を低減させる方法です。
通常は月曜日から金曜日までの毎日、1日1回ずつ照射します(土日祝はお休みします)。

これまで日本で最も一般的に行われてきた乳がんに対する分割照射法は、1回2Gy(グレイ)という線量を25回(5週間)で50Gy照射する方法です。
最近では、照射期間を短縮させるために、1回2.7Gy前後で16回(約3週間)、44Gy程度照射する方法も用いられます。

いずれの分割方法でも、腫瘍の再発率、副作用の出現率が同等であることがわかっています。

追加照射(ブースト照射)

手術で切除した組織を顕微鏡で検査した結果、その断端やすぐ近傍にがん細胞があった場合には、残存乳房の側にもがん細胞が残っている可能性が高くなります。
この場合、全乳房への接線照射終了後、腫瘍のあった範囲に限局して追加照射を行います。これをブースト照射といいます。

ブースト照射は、日本では電子線という放射線を用いることが多いです。電子線は皮膚表面から浅い範囲にしか届かず、正面から照射しても肺などの深いところにある臓器への線量を抑えることができます。
ブースト照射は、2Gy×5回や3Gy×3回などの線量で行われることが多いです。

まとめ

乳がんは日本人女性では罹患者数第一位のがんです。女性にとって最も身近ながんとも言えるかもしれません。
体表面の近くに発生するため自分でしこりを自覚することも多く、早期発見しやすいがんです。早期発見できれば完治できる可能性が高いがんですので、日ごろから健診などで確認し、少しでも異常を感じたら恥ずかしがらずにすぐにかかりつけ医のところに受診するようにしてください。

比較的若い女性にも発症するがんです。これらの特徴のためか、乳がんに関する情報が多数飛び交っています。正しい知識を身に着け、科学的根拠のしっかりした標準治療を受けるようにしましょう。

標準的でない治療法の中には、確かに著効した症例もあるのでしょうが、必ずしも安全性や有効性が確立しているものばかりではありません。十分に注意してください。

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  • 高橋 正嗣
  • 彩都友紘会病院 医局長、放射線科部長

専門分野:放射線治療、高精度放射線治療全般
専門医資格:放射線科専門医、日本放射線腫瘍学会認定医、日本医学放射線学会研修指導者

〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ7丁目2番18号

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